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東出昌大 [芸能]

東出昌大、31歳。「パンクしながら、何とかやっていた」と20代の日々を振り返る。23歳で俳優デビューして以来、次から次へと話題作に出演してきた。プライベートでは3人の子の父でもある。充実した日々の中でどう思い悩んできたのか。葛藤を聞いたそうです



剣道少年がパリ・コレクションへ
「撮影現場に行く前に、いつも『家出たくない』って思ってました。意気込みはあるし、目標や理想は高いんですけれども、自分の技術も経験も全く追いつかない。それでも撮影は進むから、これでいいんだろうかと日々カメラの前で悩んで。葛藤がずっとありました」

俳優の仕事を始めて、8年が経つ。最初の数年は悶々とした日々だった。

「芝居とは何なのか、今でも分からないし、当時はもっと分からなかった。例えば『せりふを入れる』とはどういうことなのか。『好き』というせりふがあったら、僕は本当に相手を好きだと思って言いたくて。偽りじゃない瞬間にまで到達することが『せりふが入る』『役になる』っていうことだと。でもそうできないから、みんなどうやってお芝居してるんだろうと思った」



元々、俳優志望ではなかった。23歳まで演技経験はない。憧れた職業はジュエリーデザイナーだった。

「子どもの頃、母がデパートで買い物をする時に、近くの宝飾店で『あんたここで待ってなさい』って。そこの前に僕をポンと置いておくと、飽きずに見ているから。デザインとか制作に携わりたいと思ったのは、モデルの仕事を始めてからですね。物を作っている大人たちの姿を見て、すごい熱量だなと。元々、図工や美術の時間が好きだったから、手仕事で何かを創造していく職業に就きたいと思ったんです」



中学、高校では剣道部の練習に明け暮れていたが、高校生の時に母と兄が雑誌『メンズノンノ』のオーディションに応募。専属モデルを1年間務めた。大学進学後、パリ・コレクションにも出演する。

「ヨウジヤマモトでフィッティングモデルをしていて。コレクションに出す服を日本で仮縫いする時のモデルです。その時に、山本耀司さんが『うちのコレクションに連れて行ってあげるから出なよ』と言ってくださったんです」

だが、モデルとしての将来は思い描かなかった。

「自分の商品価値みたいなものを鑑みて、大したものになれないと思いました。40代、50代まで活躍されている先輩もいらっしゃいますけど、自分はそういうモデルにはなれないだろうから、長くは続けられないなと思っていました」



順風満帆なスタートの裏で抱えた悩み
大学をやめて、ジュエリーデザインの専門学校に入学。卒業後は、ジュエリーのお店を出すためにモデル業でお金を貯めた。そんな折、映画『桐島、部活やめるってよ』(2012年/吉田大八監督)のオーディションを受けた。

高校生の心理を鮮やかに描いた青春群像劇。何にも夢中になれず、空虚さを感じている生徒役をつかむ。初めて挑む映画の現場で、自分より演技経験の豊富な年下の俳優たちと共に過ごした。

「子どもの頃から役者になることを意識して、知識を深めてきた共演者もいて、『この映画が面白い』とか『こういう芝居ってすごいよね』とか、いろいろ教えてくれた。『こんなことを考えられるんだ』っていう人にたくさん出会って、面白い業界だなと。それで、役者をやってみようと思ったんです」



この作品で日本アカデミー賞新人俳優賞を受賞。自然と俳優の道へ進んでいく。2013年、NHK連続テレビ小説『ごちそうさん』でヒロインの夫・西門悠太郎を演じ、2014年には初主演映画『クローズEXPLODE』が公開された。順風満帆なスタートで、瞬く間に人気俳優となる。しかしそれゆえに、悩みを抱えた。『ごちそうさん』の撮影中には、「歯ぎしりで奥歯がすり減った」。

「気持ちが入っていても大阪弁が間違っていたらもちろん駄目だし、自分ではうまくいったと思ってもOKが出ない。ところがイントネーションだけに追われて一生懸命しゃべっていたら、『今のいいお芝居だったよ』と。『思ってるのと違う』が毎日あって、毎日きつかった。疲れ切って泥のように眠るんですけど、安眠できなかったように思います」



映画『クローズEXPLODE』(豊田利晃監督)の現場でも、戸惑っていた。

「監督によって、現場は全然違うんだなと。吉田監督がおっしゃるには、吉田監督自身は小津(安二郎)タイプ、豊田監督は溝口(健二)タイプ。小津タイプは、細かく演出して、役者が思い描いている絵の通りに見えていればいい。溝口タイプは、何がいいか悪いかを役者に教えず、何十回も演じさせて、できあがったものを見るとその人物になっている」

「『桐島』ではせりふの一言一句から人物を想像するのが役者の準備だと聞いたんですけど、『クローズ』は差し込み台本で、せりふが毎日変わるんです。最終日、監督に『せりふって何ですか』って聞いたら、『それがせりふだ』と。自分で何だろうと思って聞いた、意思のある言葉だったんですね。それで、一つせりふを言い換えたんです。そしたら一発でOKが出て、『こういうことだったのか』と。最終日でようやく分かって、悔しかった」

「頭が真っ白になる」境地


映画やドラマで次々と役をもらい、「パンクしながら、何とかやっていた」。そんななか、大きな出合いとなったのが、映画『聖の青春』(2016年)で演じた羽生善治役だ。将棋を愛する東出にとって、心の底から尊敬する人物である。

松山ケンイチ演じる村山聖との対局のシーンは、2時間半、長回しで撮影された。2人は全て指し手を記憶し、思考の海に潜っていく天才棋士を演じた。

「プロ棋士の方が、全部の手の意味を事前に説明してくれたんです。村山聖、羽生善治が何を考えていたのか分かって、一手一手がせりふのようでした。『棋は対話なり』っていう言葉があるんですよね。2時間半、将棋盤を挟んで見えた世界はすごかった。村山聖のある一手を見た時、頭が真っ白になって、涙が止まらなくて、感情を抑えることに苦労するというか。それこそ『好き』と思って『好き』と言う、そういう境地に初めて行けた作品でした」



理想とするのは「その人物になること」だ。

「そんなことあり得ないんですけど、なってみたい。同年代の敬愛する役者の友だちが『動物的になったら終わりだよね』って話していて。『子役の子は本当に悲しくなってわんわん泣いちゃったりするけれど、俯瞰(ふかん)して制御できるのがプロの役者』って。そういう意見もあるのかと。でも、僕はその動物的になることが最上だと思っている部分があるんです」

「以前読んだ本に、ローレンス・オリヴィエというイギリスの名優の『マクベス』を見た話があったんです。筆者が、今までシェイクスピア劇も、ローレンス・オリヴィエの芝居も見てきたけど、1回だけ“マクベスにしか見えない”時があったそうで。びっくりして楽屋に行って、『今日のマクベス、どうやったんだ?』って聞いたら、ローレンス・オリヴィエが『何も覚えてない』と。それを読んで、素晴らしいなと思いました」



「僕ってけっこうマッドなんだな」
役を通して、思わぬ一面も見えてきた。ドラマ『あなたのことはそれほど』(2017年)で、妻の不倫を疑う男の猟奇的な一面をありありと表現し、新境地を開く。映画『寝ても覚めても』(2018年/濱口竜介監督)では一人二役を演じ、その一方の麦(ばく)という男は、突然現れては消える、得体の知れない人物だった。いくつもの作品で、狂気を宿した演技が輝きを放っている。

「好きなんですよね、そういう役が。この数年、変わってるんだな自分、って痛感します。人間性が出てきたなと(笑)。人から言われても、『そんなことないよ』って以前は思ってたんですけど。濱口監督にも『(二役のうち)麦に近いんだね』と言われて、『ああ、僕ってけっこうマッドなんだな』と」



『寝ても覚めても』はカンヌ国際映画祭コンペティション部門に出品され、20カ国で配給が決まった。東出は2018年に公開された『寝ても覚めても』と『菊とギロチン』で多数の賞を受賞した。

また一つ新たな挑戦は、コメディーだ。ドラマ『コンフィデンスマンJP』(2018年)で、長澤まさみと小日向文世と共に詐欺師の一味を演じた。東出が扮したのは、「ボクちゃん」というお人よしで小心者の詐欺師。同作の映画版は「ロマンス編」と銘打たれ、公開される。

「ドジっ子でピュアボーイ。『素に近いんじゃないですか?』ってファンレターをいただいたりします。そんなことはないんですけど、そう見ていただけるなら、ボクちゃんになれたのかなと思います。小日向さんが『笑わそうと思ったら、お客さんは絶対笑わない』っておっしゃってて、それがキーワードだなと」

「ボクちゃんは、会話の中でツッコミなんです。面白いツッコミって難しいなと思って、芸人さんのコントをたくさん見ました。タイミングとか声のトーンとか、何かヒントをつかめないかと。見るうちに、芸人さんのすごさを思い知りましたね」



たった一回の生をどう使うか
俳優生活9年目、役の幅も広がった。「この仕事が本当に好き」と語る。

「芝居はずっと駄目駄目だったけど、本当に運良く、ありがたいことに役がいただけて、非常にあやふやなものの上を、綱渡りのようにここまで歩んできたという印象です」

私生活では、『ごちそうさん』で共演した杏と2015年に結婚。3人の子どもがいる。

「家に帰ると気持ちが落ち着いたり、帰る楽しみが増えたり、というのはありますね。楽しくやってます。パンクしても、やるっきゃない。先々に旅行の予定を決めて、この作品が終わったらどこか行こうとか。目の前にぶら下がったニンジンを追っ掛けてるっていう感じです」





「パンクしながら、何とかやっていた」年月を経て、「やるっきゃない」と思うようになった。思い悩む日々は、突き詰めて考える真剣さゆえだ。のめり込む性格で、歴史、将棋、落語など、さまざまなものに没頭し、それが仕事に生かされている。

多大な影響を受けてきたのが読書だ。中でも歴史小説が好きで、司馬遼太郎作品は読破し、一作一作に思い入れがある。最後に、「どういう人でありたいか」尋ねると、すぐさまこう答えた。

「とっさの時に、判断が鈍らない人でありたいと思います。例えば目の前に車にひかれそうになっている子どもがいたら、身を挺(てい)して助け出せるような人。それはずっと変わらないです。子どもの頃から『義侠心を持て』と両親に言われていたし、剣道もずっとやっていて。10代後半に司馬遼太郎を読むようになり、それから藤沢周平、新渡戸稲造の『武士道』を読んで――。『武士道といふは、死ぬ事と見付けたり』(『葉隠』の一節)じゃないけれども、死ぬことがいいとか命知らずとかそういうことではなく、たった一回の生を、ここぞというところで使える人でありたい。そう思います」

心に根付く教えのもと、てらうことなくまっすぐに、目の前のものと向き合っている。


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